大きな白い花
2012年11月1日サラ・ク・オルガ
そこでピアノリサイタルを開催したフジコ・ヘミングさんは大きな白い花が好き
キシナウ中央にある公園沿いの260メートルものプロムナードはすべて花屋
私はその全部の花屋を探した
三輪の白いゆり
あと数日しかもたないと思った
それをやめて、しかたなくほかの花を買った
しばらく花束を持ってたたずんでいた
はっと気がつくと若い女性が目の前にまっすぐ私を見て立っていた
「日本から来られましたか」日本語でそう声をかけられた
目の大きい美しくて賢そうなモルドバ人である
日本語だったのでうれしかった
「どんな花を買ったらいいですか」と聞かれた
「大きな白い花です」と答えた
その人は数分でそれを見つけると
「あとで会場でお会いしましょう」と約束した
ラフマニノフ
ムソルグスキー
ショパン
リスト
600人の会場に700人が押しかけ予備椅子も出された
入場できない人は残念そうに帰って行った
花を用意している人が20人くらいいた
その人は大きな白い花を持って日本語で語りかけ
ピアニストにサインをお願いしていた
きっとどの花よりも気に入られたと思う
アンコールのベートーベンのあとレセプションが終わると
花は滞在している家に届けられた
白いゆりは途中ですでに一輪の花が落ちていた
残りの二輪をどうしようかと考えた
花を一輪ずつスケッチして二枚にして残した
朝になるとピアニストはルーマニアに向かった
車で国境を越えた
元気な花だけ車に積んだ
二輪の花はピアニストの泊まった部屋に残された
ピアニストが座ったテーブルでその人と再会した
スケッチした絵を1枚差し上げた
次の朝はもうその花は部屋にはなかった
あの白いゆりはこのために生まれてきたのだと思った
私が買わなかった花をその人が買った
私は正直「負けた」と思った
私が買った花はぜんぜん思い出せなかった
ゆりというのはこんな花だっただろうか
と思うくらい変形し、先のほうがねじ曲がり、ぶら下がっていた
でも美しい
もう朽ちていくということだけなのに
この花に心がゆさぶられる
その数日前沓澤美喜は
15年間一緒にやってきた著名なる教育者
セラフィマ・サワさんを病床に見舞った
いつでも母のような心で迎えてくれたサワさんは
いつもと同じように笑顔で、優しく言葉をかけてくれた
この絵はそのようだ
この絵はこうごうしく光をはなちながら沈んでゆく夕陽のようだ
この花を買った人は労働省のイリーナ・ビルダ
「話が面白いです。私も一緒にしたいです」
と日本語で言ってくれた
(文:沓澤正明 画:武田侑霞)
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