2014年1月11日土曜日

大きな夢

大きな夢

もう10年前になるだろうか。私はあるロック・ミュージシャンを妻と一緒に追いかけていた。マンハッタンという名前のついたグループだった。
大阪、滋賀、神戸、金沢、仙台、札幌、福岡など全国の会場を追いかけた。しかし、病気でそのロックのミュージシャンは突然名も知れず亡くなった。亡くなったのは5年も前の話である。


私も妻も失意のうちに黙々とモルドバの支援活動を続けていたところ、5年前に解散したそのロックグループで活躍していたシンセサイザーの奏者に偶然巡りあった。ケイイチM 氏である。

私は妻とモルドバで大きな音の出る音楽を企画して1万人の青年を集めて平和のためのフェスティバルをやりたいという夢を持っていた。それは大きな夢だった。

マンハッタンからやってきて東洋一のエンターテイメントをやりたいと言っていたあのロックのグループならそれが実現できると思っていた。


モルドバは国内が二つに分かれている。ドニエストル川の東側には「トランスニストリア」という国連には承認されていないが50万人ほどの国がある。また、モルドバの南部にはガガウズ人が住んでいる地域もある。つまり国内は法的には2つであるが、事実上は3つに分かれている。

モルドバ・トランスニストリア・ガガウズという3つの地域の青年達を集めて一緒に音楽を楽しみたいとずっと思っている。

私はいろいろな音楽家とモルドバの復興支援活動を長年やってきた。

最初は高校生のピアノでチャリティーコンサートをやった。「神戸クラシック音楽祭」を続けてこられた曽根昭十士さんがいつも相談にのってくださった。

やがて曽根さんのご紹介でフリーのピアニストTakedaYucaさんもモルドバのために何度もピアノを弾いてくださるようになった。

モルドバでのロック・フェスティバルは大きな夢だったがしばらく失意の中にいた。
そんなときケイイチM氏にあったのである。不思議な出会いだった。

追いかけていたロックグループは名も知れず解散していたのに、偶然だった。

M氏はウェブデザイナーとして神戸に仕事できていて、私たちがモルドバに関する展示会をしている会場に立ち寄ってくださり「画像や情報を提供してもらえば支援金を集められますよ」と教えてくれたのである。

同じような提案をしてくるボランティア専門の神戸にあるウェブ企画会社も会場に何度かきていた。私は画像がネットに流れるのはよくないと考えていたのでM氏の提案も神戸のウェブ企画会社の提案もお断りしていたのである。

その後、M氏とは東京で何度も会うことになった。そして、2012年ついにM氏は厚意で日本モルドバ友好協会のブログを立ち上げてくれた。私はこのブログを育てて、やがてM氏と一緒にモルドバで平和のフェスティバルをやりたい。(文:沓澤正明)

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